ある雨の降る夜のこと。
「おかしな人だと思われるだろうな、間違いなく」
土砂降りの雨の中、いい年した人間が傘もささずに歩いている
傍からみれば気でも振れたかと思われるだろう
そうかと言って、それを否定する気は特にない
平時の喧騒…
いや、一般的には喧騒とは言わないであろう、ごく一般的な生活…
その一般的な生活を持って正常と言うのであれば、私は異常者で構わない
むしろ、異常者である事を望む
雨はいよいよ激しさを増し、路肩には川の様な流れを作り上げている
「子供の頃を思い出すなぁ」
路肩を走る、雨水で成された川…
その中をさも楽しげに歩く姿…
傍から見た自分を想像すると、更に笑いが込み上げてくる
「さてさて、どうしたものか…」
ふと、自分の姿を見てみると、頭からつま先まで、余す所なく濡れ果て、尚も水の中を歩き、濡れた衣服からはまるでそこが源泉であるかの様に水が流れ出している
どうしたものかと呟きはすれども、当然、どうにかしようという考えも全くない
どのくらい歩いたのだろう
気がつくと、周りに民家の明かりはなく、代わりに街灯がぽつりぽつりと燈っているのが見える
「あれ?ここは…」
普段は余り通る事のない道、知らない場所では無いけれど、知っている、と言える程でもない
丁度、そんな感じの路地に来ていた
「行ってみようかな…」
この路地は近所の山の麓へと続き、そのまま、私の部屋の近くへと抜けている
この町内はイメージ的には弓なりに山に囲まれた形になっていて、私の部屋はその片側の先端の辺りに位置している
この路地が山沿いに対岸へ続く事は知っているけれど、そこまで歩いた事はない
降りしきる雨と暗闇…
街灯は燈ってはいるが、ある程度の間隔を持たせてある為、やはり所々では足元をみるにやっと、と言った感じに思える
けれど、恐怖心はなく、好奇心、いや、冒険をするかの様な高揚感すら覚え、揚々と歩を進めて行く
「ホントに冒険してるみたい…、プチ冒険だよ、コレ…」
普段から目にしている、良く手入れされた街路樹とは違い、全く手入れなどされていない、自然のままの植物…
昼間であっても、人によっては薄気味悪いとすら思うだろう
それらが夜の闇で飾りたてられ、雨に打ち奮える様は、さながら妖怪でも潜んでいるかのように見える
周囲の景観を楽しみながら歩いて行くと、古ぼけた木製のベンチが目にはいる
「へ~、こんな所があったんだ…」
路地脇の少し開けた場所にベンチが一つあり、桜の木らしきものが数本並んでいる
「来年の春にでも来てみようかな…?」
それが桜の木であるならば、周囲の自然も相まって、きっと素晴らしい穴場に違いない、そんな気がした