ある雨の降る夜のこと。

|

「ちょっと疲れたかな…」

普段なら濡れたベンチに腰を下ろす事はないのだろうが、今は自分の方が酷い濡れ様…
何の迷いもなく座ると目を閉じ、空を仰ぐ

幾分、勢いの衰えた雨がシャワーを浴びているかの様に心地好い

特に何かを考えるでもなく、ただ取り留めのない想いが浮かんでは消えていく

日々の生活の事、これから先の人生についてや、古い友人だったり、子供の頃の自分や当時の憧れや理想、将来の夢…

その何一つとして、留まることなく、浮かんでは消え、浮かんでは消えていく

今、ここでそうしている自分も、いつの日か、浮かんでは消える、そんな記憶の破片となるのだろう

そう思うと、このひと時にも何か意味がある様なそんな気がした

どれくらいの時間、そうしていただろう…

幾分、休まったせいか、ぼんやりとしていた思考が、自我を持つかのように「私」という存在を認識し始めた

「う…ん、、」

両腕を伸ばし欠伸をする

自覚はなかったが、軽く眠っていたのかも知れない

さっきまでと違い、意識はハッキリとして言わば現実的な思考に切り替わっている

「あ~ぁ…」

思わず声が洩れる

「ざ~んねん…」

それまでの、何処か夢心地な感覚から覚めてしまった以上、先程までの楽しさを感じる事はもう出来ない

見知らぬ冒険の地は、人通りの少ない、町内のただの路地へと戻ってしまった

それでも、通った事のない、知らない道である事は事実であり、それがせめてもの救いの様な気がする

見知った場所であったなら、何の面白みもなく、このまま帰路についていただろう

いつの間にか雨も止んでいる

「さて、そろそろ行くかな…」

名残惜しい感覚から面白みの無い日常へと帰る、その気持ちの整理をつけ、よし、とばかりに思考を切り替える

ちょうどその時、すぐ先の人影に気付いた

「あ…」

普段なら驚きや恐怖心が起こりそうなものだが、今の自分を見られる事に対する動揺が先に立つ

「こんにちは…」

「あ、こんにちは…」

私の動揺など気に止める様子もなく声がかかる

「ん?こんばんはかな…?」

夜分の挨拶として、「こんにちは」は、不相応であり、違和感がある

人影はそんな事は気にもしていないらしい

そのまま私のすぐ前までくると、立ち止まった