ある雨の降る夜のこと。
老人の靴を濡らしてしまわないよう、時々手を引き、水溜まりを避ける
老人は素直にそれに応じ、進路を変えてくれる
相変わらず無言のままではあるが、その様子は私に信を置いている様に感じられ、言いようのない嬉しさに満たされる
そうして半時ほど歩くと、見馴れた路地に出た
「え…、と…、こっちか…」
老人の家はここからだとそれ程遠くはない
けれども、流石にこのまま別れるのは心許ない
勿論、「お送りします」と言い切った事も気にはあるが、そんな事よりも、深夜徘徊をするような危険のある人を中途半端に放り出す訳にはいかない
そうして、老人宅の前まで送ると、玄関扉を開いて中に入って行くのを確認する
「よし…」
これで一安心とホッとすると、私は帰路へと踵を返したが、扉がしまる音がしない
振り返って見ると、老人が玄関の中からこちらを見ている
「ありがとう…」
私が振り返った事に気付いたのか、先程までは見せた事もない満面の笑みで言った
それは小さな声で、もしかすると私の聞き間違いかもしれなかった
それでも込み上げてくる嬉しさに、私は大きく頷き、大袈裟なくらいに大手を振った
「おやすみ…!」
私は相手に聞こえるか聞こえないか程度の声で呟くと、子供の様に小走りでその場をあとにした
老人を送った後、一人、帰路につく
つい、先程までの高揚感とは裏腹に、私はすっかりと現実へと立ち返っていた
こうなると、多少は乾いてきているが、濡れた衣服がとても不快…
まだ、誰かに遭遇しないとも限らない事もあり、速足で自宅へと急いだ
それからの道程は特に何かがあるわけでもなく、普段から見馴れた景色でもあり、つまらないものだった
程なく自宅へと帰り着いた私は、玄関へと入るや否や、着衣を脱ぎ捨て、出掛けに用意したタオルで身体中を拭い、風呂場へと向かう
足速に返ってきた為だろう、一時は雨に冷えた身体も今は汗に濡れている
「はあ…」
浴室へと入りシャワーを浴びるとホッとする
水温は熱くも冷たくもなく、いい塩梅と言ったところか
暫く呆然シャワーを浴び、浴室を出ると冷蔵庫から冷えたビールを取り出した
「かんぱ~い」
一人で晩酌をするのもいつもの事、既に何の感慨もない
それでも乾杯と口にしたのは、老人との事があったからかも知れない
一息に缶の半分を飲むと、急に眠気が襲ってくる
「眠い…」
そのまま眠ってしまいたい衝動に抗いつつ、歯を磨き、床に着く
そして大きく欠伸をすると、明かりを消した