夜の山道、老人と私

そこには小さな池があり、足元を照らすに十分な月明かりが差し込んでいる

池の水面はキラキラと月明かりを映し、唄う様な虫の音と、穏やかな風にざわめく木葉の音…

まるで物語の一場面の様な幻想的な情感…

その景色に心を捕われていると、老人は池の淵へと向かって行く

私もそれについて行くと、老人は立ち止まり、指を指した

「ほら、あそこ…」

とても嬉しそうな老人の示す先を見ると、数輪の花が咲いている

その花びらは青紫で、ここもまた、月明かりに照らしだされ、異様とも言える美しい景観を湛えている

「あの花、知ってるか?」

老人が静かに語りかけてきた

「綺麗な花ですね…、何の花ですか?」

私が聞き返すと、老人は笑顔で答える

「あれは桔梗て言う花でな、自分には特別な花での…」

そう言うと、黙ってしまう

暫く並んでその花に魅入っていたが、老人は意を決したかの如く、一歩踏み出した

「え…!?ちょ、危ない!!」

花を摘もうとしたのだろう
池のすぐ側に歩み手を伸ばすがわずかに届かず、池へ転落しそうになる

それを間一髪、抱き寄せると、何とか事なきを得た

老人は残念極まりないといった様子でうなだれた

「はぁ…」

私はつい、溜息をもらした

「あの花が欲しいの?」

問い掛けると無言で頷く

こうなっては仕方ない

「私が採ってくるから、此処で待ってること。約束だよ?」

池から少し離れた場所へ落ち着けると、私は池の淵へと戻った