夜の山道、老人と私

「こんなところを…よくもまあ…」

近づくにつれ、足場は悪くなる

何かの蔦の様な物が脚に絡まり、転びそうになったり、見えない位置から襲い掛かってくる木の枝だったりと、離れて見ているには夢の世界のようだが、やはり此処は山の中に違いなかった

「よい…しょっ…と…」

池の周りはぬかるみ、下手に踏み込めば足を取られて池へ落ちるかもしれない

慎重に歩みを進め、丈夫そうな蔦を掴むと、花の下へと手を伸ばした

「っと…、後少し…、、良し!」

安全に手の届く、ぎりぎりのところで何とか数本を摘み取る事が出来た

振り返ると、老人はパチパチと手を叩いている

「はい、どうぞ…!」

摘み取った桔梗の花を渡すと、胸の前で抱きしめるかの様に、しっかりと握り締めた

「ありがとう、ありがとう…」

うわ言の様に呟きながら私を見返すその目には、涙が浮かんでいるように見えた

きっと、この人にとって特別な花なのだろう…

「じゃあ、帰ろか?」

そう言って、私は老人の頭を撫でた

「ん、わかった…」

とても嬉しそうな顔のまま、頷くと、手にした花を見詰め、立ち上がった
来る時と同じ獣道を、今度は私が手を引いて歩いた